大河『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』、観ていると「これ、大河なのに妙にエンタメ感つよっ!」って思う瞬間ありません?(私はあります)。
この記事では、“エンタメ寄り”と言われる理由を、演出・脚本の作りの特徴から分かりやすく整理。狙いと評価ポイントも、断定しすぎない形でまとめます。
そもそも『べらぼう』は何を描いた大河?
結論から言うと『べらぼう』は、合戦ドーン!というより「江戸のカルチャーと商いの最前線」を主人公と一緒に駆け抜ける大河。公式の作品紹介でも、蔦屋重三郎(蔦重)を“江戸のメディア王”として描き、「痛快エンターテインメント」色を前面に出しています。
だから“歴史の教科書を丁寧に映像化”というより、「人間の欲と夢と商売と才能」が動くドラマとして見せる設計になっていて、その結果として「エンタメ寄り」に感じる人が多い——という流れが自然かなと。
1年間、ご覧いただきかたじけ茄子🍆
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— 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」日曜夜8時 (@berabou_nhk) December 14, 2025
“エンタメ寄り”と言われる3つの特徴
結論ファーストでいきます。私が「エンタメ寄り」と言われやすい理由は、この3点だと思っています。
特徴1:テーマが“戦”より“エンタメ産業”ど真ん中
蔦重が扱うのは、浮世絵・出版・流行・売り方=今でいうメディアとマーケの世界。だから視聴体験が「歴史を学ぶ」より「ビジネス×才能×人間ドラマを観る」寄りになりやすい。公式説明にも“ポップカルチャーの礎”といった語が見え、制作側の狙いが読み取れます。
特徴2:「笑い・涙・謎」のジェットコースター設計
いわゆる“大河っぽい重厚さ一本勝負”ではなく、テンポよく感情を揺らしに来る作り。毎週の引き(クリフハンガー)も含め、連ドラ的な中毒性を感じる人がいるのも納得です。
特徴3:キャスティングが「芝居のうまさ×意外性」で攻める
“うまい人を集める”だけでなく、「ここにこの人?」という意外性が、作品の軽快さや遊び心を強めている印象です(もちろん好みは分かれます)。
エンタメ寄りにした“意義”は?私はここが大きいと思う
ここ、いちばん大事なので先に結論。エンタメ寄り=軽いではなく、「いまの視聴者の体感に寄せて、届く形にした」意義があると思います。私たちの生活リズムにフィットするから、共感の間口が広がる。
ひとつは、現代の閉塞感とリンクさせたいという制作側の問題意識。江戸中期の状況を、現代と重ねて見せたい意図が語られています。もうひとつは、歴史好きだけじゃない新規視聴層を連れてくること。放送当初から「歴史に詳しくない層にも刺さっているのでは」という論考も見られました。
つまり『べらぼう』の“エンタメ寄り”は、歴史の解像度を落とすためというより、次の目的に接続していると受け取ると見え方が変わります。
- 人間ドラマとして分かりやすくする
- 商いと創作の熱量を、今っぽいテンポで届ける
- 新規視聴者を呼び込む
わたしがの感想ですが、最も「これぞエンタメ!」と胸が熱くなったのは、蔦重が絶体絶命のピンチを逆手に取り、江戸中を巻き込む「特大の仕掛け」をぶち上げるシーンです。
お上の規制というガチガチのルールを無視するのではなく、その裏をかくような「粋なアイデア」で民衆の心を一瞬で掴んでいく鮮やかな手口には、見ていて最高にスカッとしました。
単なる歴史劇を超えた、現代のバズを仕掛けるプロデューサーのようなスピード感とワクワク感があり、「次はどうやって世間を驚かすんだ?」とテレビの前でニヤリとしてしまいます。
まとめ
『べらぼう』が“エンタメ寄り”と言われるのは、題材がカルチャー産業ど真ん中で、笑い・涙・謎のテンポ設計、さらに遊び心あるキャスティングが重なるから、と整理できます。
その狙いは「今の視聴者に届く形で、江戸の熱と閉塞を描く」こと。あなたはどの要素がいちばん刺さりましたか?感想を重ね合えば、次の作品の楽しみ方もきっと広がります。
